どうして食事療法が守れないか


 糖尿病にとって、食事療法がいかに大切であるかは、 いまさらいうまでもないことですが、 ついつい守られなくなってしまう患者さんが多いようです。 食べるということは、人間の基本的欲求なので仕方がないといってしまえばそれまでですが、 後々の合併症のことを考えれば、やはり今現在しっかりと食事療法を守ることが重要なのです。 頭ではわかっていてもやはりきちんとした食生活を送れない人が大半だと思われます。 昔から心理学の分野では、こういった人間の行動についての研究が行われてきました。 慶応大学の杉山・佐藤先生らは、行動分析学という学問の手法を用いて、 どうして食事療法が守れないかということについての考察を行っていますので紹介します。 少し理屈っぽいのですが、興味のある方は、読んで参考にしていただければと思います。  ある行動が起こる頻度は、その行動が起こった直後の環境変化によって制御されるということです。 たとえば、視力の弱い人が眼鏡をかける(行動)と物がはっきり見える(行動の直後の環境)。 すなわち、この人には眼鏡をかけるという行動が、 物がはっきりと見えるという好ましい環境をもたらすことになり、 結果として眼鏡をかけるという行動の頻度が増加するのです。 これを好子(こうし=将来の行動の頻度を増加させるような出来事) 出現による行動の強化といいます。 また、子供がいたずらをすると先生から怒られ、次第にいたずらをしなくなる。 これは、いたずらをするといった行動が、先生に怒られるという好ましくない環境を作り出すため、 いたずらをするといった行動の頻度が減少することになります。 これを嫌子(けんし)出現による行動の弱化といいます。 また嫌子消失による行動の強化 (頭痛の薬を飲むと、頭痛が消失し、薬を飲むという行動が強化される)、 好子消失による弱化(大切なおもちゃを乱暴に扱うと壊れてしまい、遊べなくなる。 以後、大切な物は乱暴に扱うという行動が減少する)等々、 8つのパターンがあるそうです。  さて、糖尿病の食事療法について当てはめてみるとどうでしょうか? 食べ過ぎる(行動)と血糖値が上がる(行動後の環境)。 これは、好ましくない環境が出現するので、食べ過ぎるという行動が減少するはずです (嫌子出現による行動の弱化)。 しかし、実際には、行動が弱化されません(相変わらず過食を続ける)。 これは、「血糖値が上がる」ことが出現しても、本人には、何の嫌悪感や苦痛を与えないので、 嫌子にはなっていないのです。 きちんと食事療法を行い、診察時に医師からほめられる。 好子出現による強化で、きちんとした食事療法を行う頻度が増加するはずです。 しかし、結果がでるのは、2ないし4週後の診察時であり、 医師よりほめられるというのは、直後環境とはいえないのです。 従って、きちんとした食事療法をするという行動が強化されません。 むしろ、食べるという行動により、おいしいという直後環境が出現し、 食べるという行動が、強化されます。 過食を続けると、合併症がでる。 嫌子出現による行動の弱化で、過食という行動が、少なくなるはずです。 しかし、これも結果がでるのは、何年も先なので、過食という行動は弱化されないのです。 また1回の行動と、嫌子出現(あるいは出現の阻止)の関係が、 確率的で、結果が微少であることも関係しています。 1回の食事を守らなくても、3日後に必ず命がなくなるということでもない。 多少血糖値が上がるが、痛くもかゆくもない。 何年か先に合併症がでるかもしれない(確率的)。 要するに、食事療法を守っても、守らなくても結果は、すぐに現れず、 行動を制御する力が弱いのです。 しかし、人間は、考える動物ですので、 直後環境にだけ左右されず長い目で物を見て行動してほしいものです。


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